バンダイナムコホールディングスは元ナムコ代表取締役会長で、バンダイナムコホールディングス最高顧問、バンダイナムコエンターテインメント及びナムコの名誉相談役を務める中村雅哉さんが1月22日に逝去したことを発表しました。

2017-01-30_184859 凄い肩書きですけど、簡単に言うとナムコの創業者で「パックマン」の産みの親って事です。

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中村雅哉さんは1955年6月に中村製作所を設立し、代表取締役に就任。社名のナムコはこの中村製作所から取られているということです。
最初からゲームメーカーでは無く、当初はデパートの屋上などに良く設置されていた動物型の乗り物の玩具やエレメカの開発などを手がけていたということですね。

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それから1977年にナムコと社名変更。

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そして1980年には世界中で大ヒットした「パックマン」を発売しています。
最も成功した業務用ゲーム機としてギネス世界記録にも認定されているそうですよ。

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それからもナムコを支えていたんでしょうね。
表だっての活動はわかりませんが、ナムコのあの時代のゲームはどれも独自性が有り素晴らしいソフトばかりでした。
ファミコンのブームも有り、ナムコとしては大成功を収めていたと思いますけどね・・・。

「ゼビウス」「マッピー」「ドルアーガの塔」「ギャラクシアン」などなど、数え上げればキリがない程のヒットゲームがあります。
それもきっと中村雅哉さんの人柄っていうか、自由な発想があり、それを許された会社だからこそできたゲームではないかと想像します。

1990年に社長職を真鍋正さんに譲り会長に就任しますが、1992年に真鍋さんの健康上の理由から再度社長職に就き2002年まで務めています。
1993年には会社更生法を適用した日活を買収し。1996年には自ら社長に就任していますね。

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また2000年には東京芸術大学と慶應義塾大学へ「映画産業を担う人材育成に役立てて欲しい」と私費から総額4億円を寄付しています。
お金持ちって言うのはありますけど、映画にも情熱があったんでしょうね・・・。

今のゲーム大国日本を作った人でもあると思うんですよね。
ナムコはそれこそファミコンブームもあり、凄く有名な会社だと思います。
今はバンダイナムコホールディングスって会社ですけど、私は結構ショックでしたからね。

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ナムコはナムコだけで頑張って欲しいとか勝手に思ってましたからね。
それだけゲームをしてきた世代の人にしてみれば、ナムコっていう存在は大きいと思います。

絶対にナムコのゲームで遊んで育っています。その人達がまた色々と新しい発想でゲームを作ったり、又は違う分野でも活躍しているはずです。
そういうことなんですよね。

中村雅哉さんの功績は色あせることはないでしょう。今現在の情報ですと逝去されたということしかわかりません。
病気なのかどうかもわかりませんが。91歳ということなので、大往生ではないかと思います。

天国でパックマンと一緒に遊んでいて欲しいですね・・・。
ご冥福をお祈りします。