佐藤浩市が不仲をウワサされていた 父・三國連太郎へ最後のコメント

佐藤浩市が不仲をウワサされていた 父・三國連太郎へ最後のコメント

俳優の三國連太郎さんが亡くなりました。

90歳、急性心不全でした。

三國さんは、1923年群馬県太田市生まれ。

戦後、中国から復員、

1950年、スカウトで芸能界入り。

デビュー作「善魔」の役名がそのまま芸名「三國連太郎」に。

 

 

1957年の映画「異母兄弟」では

老人を演じるために歯を上下合計10本抜くなど、

その役者魂を世に知られる名優でした。

 

プライベートでは

4度の結婚歴があり、

長男は、俳優の佐藤浩市さんです。

 

 

喪主である佐藤さんは、この日、

主演ドラマ「怪物」の制作発表会見後、

単独で記者会見に応じました。

 

その発言をまとめますと・・

自分は、

「親父のところにめったに顔なんか出さない人間だった。」と、

死に目には会えなかったこと、

 

「90歳なので、いつかこういう報せが来るだろうと覚悟していた。

悲しいという思いはなかった。この数年で一番凛とした顔にみえた。

不思議な三國連太郎の威厳があった。」

 

と、亡き父の顔を見たときの印象を語りました。

 

そして二人の関係性について言及。

 

「世間一般論としての親子としての会話は出来ない。」

「僕と彼のあいだにあったのは、役者という言葉だけ。」

 

お互いには、「おまえ」「あなた」と呼び合う距離感だったそうで、

幼い頃の両親の離婚の影響のなかで築かれた関係性が、

最後まで変わることはなかったようです。

 

 

三國さんとの思い出を問われると、

役者を志すことを伝えた早稲田駅のホームで

「そうか」

とひと言言って電車に乗っていった。

その場面を一番思い出す。

と答えました。

 

三國連太郎さんと佐藤浩市さんといえば

1996年の映画「美味しんぼ」での、親子初共演。

 

原作者からの要望により、

海原雄山役に三國さん、

 

そして三國さんの指名で

息子・山岡士郎役を佐藤浩市さんがキャスティングされましたが、

 

記者会見の席上では、お互いを、

三國さん、佐藤さんと呼び合い、

 

佐藤さんが「役者はサービス業」と発言、

三國さんが「それは間違い」と指摘するなど、

「美味しんぼ」の原作さながらの父子の確執を地で行くふたりに話題が集まりました。

 

 

「役者として生きた。孤高さを自分の中に守りながら芝居に関わってきた。それは親父の死に顔を見て感じた。」

と、父の最期を評した、息子。

 

別々に生きてきたからこそわかることが、あったのかもしれません。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

 

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