大島渚監督肺炎で死去 有名な“壇上での殴り合い喧嘩動画”はこれだ!

映画監督の“大島渚”さんが1月15日の15時25分に

神奈川県の病院でお亡くなりになりました。
80歳でした

病名は“肺炎”であったということでしたが
葬儀の詳しい日程などは現在のところ決まっていないようです

 

 

 

大島渚監督は岡山県生まれ
農林水産省に務める父親は瀬戸内海を周り日夜エビやカニの研究をしていたそうです
父親が海に関わる仕事をしていたため
監督の名前である“渚”という字は
そこから来て命名されているようですね

その後京都に居住を移した大島渚監督は京都大学法学部を卒業し
松竹に入社
1959年に監督としてデビューをしました

生涯“映画監督”として活躍した大島渚監督ですが
『戦場のメリークリスマス』や『愛のコリーダ』『風が吹くとき』など
数々の名作を世に送り出し
カンヌ映画賞やヴェネツィア国際映画祭などに出席した輝かしい経歴を持っております

また、活躍の幅は映画だけではとどまらず
テレビ番組にも数多く出演
過去にはタモリが司会を務めるお笑い番組『ボキャブラ天国』に審査員として出演していたこともあり
まさに幅広い層から支持を受けている素晴らしい監督でした

今回の訃報は海外メディアにより世界各国に報じられており
フランスのメディアはこの訃報をトップニュースとして報道するなど
世界に影響を与える偉大な方であったことが伺い知れますね

そして“大島渚監督”と聞いて真っ先にこの動画を思い出す方も多いのではないでしょうか?

野坂昭如が繰り出した右ストレートパンチが大島渚監督の顎にクリーンヒットし
一瞬ヨロめいた大島監督がスイッチの入ったままのマイクで応戦!『ポコポコ・・・』
そこを慌てた大島渚婦人の小山明子さんが慌てて止めに入った
という過去に名を残す有名な壇上での大立ち回り

なんでも大島夫妻の結婚記念パーティーに“主賓”としてスピーチをするために招かれた野坂昭如さんですが
順番を飛ばされてしまい結局自分のスピーチは回って来ず
そのまま“ヤケ酒”を飲みまくり泥酔してしまったらしいのです。
最後の大島監督の締めの挨拶の時に「ちょっと待った!」と壇上へ乱入
3時間も待たされたイライラを皮肉たっぷりのスピーチに変えて壇上で披露したあとで
すかさず大島監督の顎に右ストレートパンチ!
といういきさつのようですが・・・

その後大島監督は野坂昭如さんに対して謝罪のコメントをしました

忘れていたことは俺が悪かった。でも殴ることはないだろ!

確かに・・・(;・∀・)

 

おそらく今後は緊急番組として

大島監督の作品がテレビで放送されることがあるかと思いますが

監督の偉業をたたえご冥福をお祈りしたいと思います。

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